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ちんとんしゃんてんとん

映画感想と箇条書きと私

【ネタバレあり】 『アーロと少年』を観た。

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『アーロと少年』

監督:ピーター・ソーン

 

『アーロと少年』を観て、

いろいろ行き届いているすごい映画だなぁと

感心してしまいました。

ピクサーすごいな!

 

私が思ったことをまとめていきたいと思います。

 

 

 

ピクサーなりのディズニーへの目配せ

メリダとおそろしの森』の時にも思いましたが、

ピクサーがディズニーっぽい題材でピクサーらしいことを

している、ということ。

メリダとおそろしの森』はプリンセスとか人間っぽい熊とか

私が思うディズニーのお家芸を、現代的なテーマと質感表現に

併せてブラッシュアップさせようとした映画でした。

(それに成功しているかは別の話として)

 

今回は『ライオンキング』がお話の下敷きかなと思います。

大自然と人間ではない生き物を中心とした話ですしね。

それをより現代的にして、質感表現に手抜かりはなく、

見事に洗練されたお話になった気がします。

90分の間にあれだけ表現できるってすごい。

 

『ライオンキング』っぽいところは粗筋もそうなんですけど、

個人的に一番『ライオンキング』っぽさを感じたのは

途中で出てくる泥棒恐竜がハイエナにしか見えなかった。

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ボスと姉御肌のと、頭おかしい奴、みたいな。

思わず懐かしくて胸アツに。何か嫌いになれないヴィランだった。

小物だからかなw

 

あと、星いっぱいの夜空を見上げて家族を想う、とか。 

『ライオンキング』を思い出しました。

 

幻覚が見える例のシーン

これも私の中ではディズニーお家芸の1つだったので、

ここにきてピクサーがそれをやることにびっくり。

『アーロと少年』では、ドラッグというよりは

発酵した果実なのでアルコール飲酒に近いのかな。

 

ここ最近で幻覚見えるディズニーといえば

2011年版のプーさん。

あれは、ドラッグきれたら幻覚見え始めた、なので、

もっとヤバい気もします。そんなん映画にしていいのか。

けしからん!(ほめています)

 

もっと分かりやすいところで、 

子どもが飲酒したら幻覚見えたといえば、

『ダンボ』ですね。1941年の映画。


ピンクの象の行道 - Pink Elephants on Parade - Dumbo ダンボ

 

いつ観ても頭おかしいw

これよりちょっと前に作ってる『ピノキオ』(1937年)も

子どもが飲酒してタバコすっていて、挙げ句ロバになってます。

 

関係ないですけど、小さい頃の私の三大トラウマディズニー映画は

『ピノキオ』『ダンボ』『不思議の国のアリス』です。

お陰様でタバコは未だに手がつけられません。

お酒は大好きです。

 

多分他にもディズニーものへのオマージュは

沢山あると思うのだけど、

私はガチのディズニー映画マニアという訳ではないので、

これぐらいしか挙げられない…

 

ディズニー映画ではありませんが

『スタンドバイミー』や『ジュラシックパーク』の

オマージュもあったんじゃないかなぁと思います。

これも他にもありそうですね。

 

友達と家族

『ライオンキング』との大きな違いの1つに

はっきりとした家族と友達は違うものと

描かれているところです。

 

『ライオンキング』は王様の話なので、「国が家族!」っていうのは、

そりゃそうなのかな?とは思うんですけど、

(王族になったことないので、そこらへんよく分からん)

"住む世界の違い"に対しての配慮はありません。

なんでミーアキャットとイノシシがライオンと仲良くなるっていう

本来ならあり得ない展開がされている訳で。

そして、そのティモンとプンヴァは家族であり、友達なんですよね。

それはそれで重要なメッセージではあると思うのですが、

それが現代に届くかといわれれば、ちょっとどうかな?

 

もっと配慮が必要な複雑な世の中になっていると言われればそうですが、

多様性を考えるって必然的にそういうことになるとも思います。

友達も家族も一緒くたに出来る時代ではないからこそ

『アーロと少年』の細やかさが優しく感じられます。

似たような年齢の友達を持つことって、こういうことだよなぁと。

アメリカでは余計そうなんじゃないかなと思います。

 

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ティモンとプンヴァはめちゃ好きですけどね!

ハクナマタタもそうだけど、ハゲタカボーリングのくだりも

めっちゃ好きだった。

 

『アーロと少年』は普通の一般家庭(?)の話であり、

全編通じて"住む世界の違い"についても配慮されています。

住む世界が違うからといって、友情が成り立たない訳じゃないし

尊敬できない訳じゃないし、そしてそれは逆も然り。

 

だから、劇中悪役として出てくる

テロダクティルでさえ、彼らの生き残るすべなんだと

何だか単純に悪役だと言えないなーと思えてしまいました。

でも、「あぁはなりたくないなー」ってちゃんと

思わせてくれるあたりも、さすが。

 

あと、ティモンとプンヴァ的な恐竜たちも出てきますが、

その 恐竜たちも結局"住む世界が違"うんですよね。

 

父性と母性

アーロが恐怖を受け入れ、立ち向かう成長潭ではありながら

アーロが多様性と出会い、受け入れるという話でもあります。

単純に言えば子どもが冒険する話です。

 

最近状況が状況なので、ぼちぼち育児本を読んでるのですが

その中に「父親役割」と「母親役割」ってのがありまして

「父親役割」は世界との橋渡し

「母親役割」は子どもへの安心感

だって書いてあります。

 

んで、この映画で父親は父親役割、母親は母親役割って

ものすごくステレオタイプにハッキリと分けています。

父親は冒険へのキッカケ、母親は帰るべき場所。

しかも、2匹とも観客にはある程度ストレスのならないような

めっちゃ出来た父親と母親なイメージ。

 

この両親の描写が私にはとても印象的で、

これはあくまでアーロの成長潭であり冒険潭だけど、

この物語を支えるには父性と母性の役割って

ものすごーく重要なんだな、と。

だから、飲み込みやすいようにステレオタイプではあるんだけど、

(そこ複雑にしちゃったら、ストレートな成長潭にはならないし)

それを丁寧でありながら、無駄無く現代的にも描写していて、

ピクサーこわい」になりました。

おいしくいただきました。もっとくれ!

 

個人的には帰って来たアーロに対して叱らずに、

その成長を素直に家族が認めるところが

とてもグッときました。

私にできるでしょうか、という意味ではグサッときました。

 

父性と母性の役割がしっかりしているにも

関わらず、それが押し付けがましくないって

子どもにとっては重要なんだな、と肝に銘じます。

 

子ども目線

ピクサーにしては珍しく、親目線であまり話が進まなくて

そこにも感動しました。

子どもも大人も楽しめるピクサー映画だったけど、

大人が作ってる臭が少なからずあった今までと比べると

ずっと子どもの見ている世界に寄り添っているように思いました。

 

でも考えてみると

「親が自分の知らないところで成長している子どもの姿を目撃した」映画

ではあるので、結局親に刺さらない訳ない。

まだ生まれてもいないのに、サックリとやられました。

号泣です。

 

*****

 

対恐怖についての描写も見事なのですが、

それは省きます。

 

あと思ったことといえば

アーロはあの3兄弟の中では

一番人間に近い姿で生まれてくるんだなぁってこと。

 

あと、主人公像としては若干似ている気がする

ヒックとドラゴン』とはまた違う形の成長潭で

そこもいいなぁと思いました。

なんというか、子どもによって、人間によって、

必要になる物語って違うんだなと思えました。

当たり前のことなんですけどね。

 

長くなりましたが、こんな感じ。

総じて面白かったし、楽しかったし、

グッときました。

 

もう少しで親になるってタイミングで観られて

良かったなぁと思います。

 

 

 『となりのトトロ』と並ぶぐらい

何回も観た気がします。

 

 トゥースちょーかわいい。

 

 

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「なるほど」と思えるところもあったり…