読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ちんとんしゃんてんとん

映画感想と箇条書きと私

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』を観た。ネタバレあり。

f:id:pygocelisM:20150417220029j:plain

 

監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

撮影:エマニュエル・ルベツキ

脚本:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

   ニコラス・ヒアコボーネ

   アレクサンダー・ディネラリス・Jr

   アルマンド・ボー

美術:ケビン・トンプソン

音楽:アントニオ・サンチェス

編集:ダグラス・クライズ

   スティーブン・ミリオン

出演:マイケル・キートン

   エドワード・ノートン

   エマ・ストーン

 

 

3回鑑賞したのですが、

1・2回目は分からないと思ってました。あまり乗り切れず。

3回目になってやっと「面白い」と思えるようになりました。

なんでちょくちょく否定的な感想もあるし、

私情ががちがちに出てくるし、長いです。

そういうの好きじゃない人は

読まないことをおすすめします。

 

ラストショットについてはネタバレしています!

 

 

THING IS A THING , NOT WHAT IS SAID OF THAT THING 

 

どういう形がいいか散々考えあぐねた結果、

話題ごとに区切りました。

 

 

【カット】

ドキドキしながら観ていたら、とにかくびっくりした。

なに!?全編ワンカットじゃないの!?

そうか、ほぼだったのか…と思いながらしずしずと鑑賞。

全部で16カットでした。フェイクのところは数えてません。

 

【鏡】

イニャリトゥ自身が鏡を見ていて思いついた話ということもあって、

鏡の使い方が象徴的。

劇中で自分の顔を眺めたのはリーガン、

身体を眺めていたのはマイク。

 

【照明】

たった1つのワンカットがとても長い映画なので、

メリハリをいろんなところで工夫されているのだけど、

照明もその1つで、特にマイク登場シーンの照明がとても好き。

 

【生きているのか死んでいるのか】

何だか幽霊がいるようなショットが端々に見られて、好きだった。

あと、時間が舞台、もしくは現実と同じように流れるこの映画で

時間が止まっているような場所が出てくるのも良かった。

 

【能力】

バードマンがリーガンに言っている「才能」って

飛べることなのか演技力のことなのか、どっちなんだろう。

飛べる超能力って妄想なのか現実なのか、どっちなんだろう。

イニャリトゥの映画には度々オカルト設定がでてくるけど、

あれはオカルトじゃなくてマジック・リアリズムらしいです。

とても勉強になりました。

 

【愛について語る時に我々の語ること】

イニャリトゥがこれを選んだ理由が「舞台化する作品としては

ひどい選択だからさ」と言っていて、とても納得した。

劇中のリーガンの改変のしかたが、私個人の解釈からしたら

とても理解しがたいのだけど、それが綺麗につながっていて

これが脚本4人体制のなせる技なのか…と驚くばかり。

原作の解釈としてもとても興味深かった。

 

【距離感】

鏡やワンカットという、どちらかというとメタに振れやすい演出、

それに加えカメラと登場人物の距離感が均しくほぼ同じくらいのため、

感情移入型の鑑賞をしてしまう私にとっては、

誰にも感情移入しかねていた。無意識的にだけど興味を

どこに置けばいいのかもはかりかねた。

だけど、その為「好きだからこそ、どうかと思う」という

愛しているものへの距離の置き方が、おしつけがましくなくて

とても好きだなと思った。例えば舞台、例えば映画。

それは皮肉とは違うと思う。

 

【マイク】

根っからの俳優ってこんな感じなのだろうなと思った。

物語としては鏡的な存在でもあると思った。

誰にもどんな形であれ「望む態度」を

とってしまう(演じてしまう)人なのだろう。

それは、彼にとってその場も舞台だからであって、

人の気持ちとも自分の気持ちとも関係ない。

 

エマ・ストーン

サマンサについていえば、最初はエマ・ストーンじゃなくて

よかったんじゃないか、と思った。

マイケル・キートンエドワード・ノートン

現実とかぶるところが多分にある配役なのに対して

エマ・ストーンはあまりにもないから違和感があった。

ちなみに今は思っていない。あのラストシーンはエマだからこそ。

 

【リーガン・トンプソン】

エドワード・ノートンが「リーガンは”中年の危機”だ」と

インタビューで言っていて、だから一番最初に観た時に全くといっていいほど

感情移入できなかったんだ、と思った。

最近おじさんの気持ちが分からなくて苦心することが

多かったので、現実とリンクしてとてもしっくりきた。

それに合わせて1.2回ともにおじさんが観賞後すぐに

「おもしろかったー!」と叫ぶという場面に出会い、

私とリーガンおじさん あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)との

距離は広がるばかり。リーガンおじさんがしたことじゃないのに。

それでも3回目では、自分のことに置き換えられるようにもなっていた。

 

ただ、イニャリトゥ映画で鳥の飛翔シーンを眺めている登場人物は

初めてだったので、何だか嬉しかったし、

それを眺めるのがおじさんというのは何だか味わい深かった。

マイケル・キートンとリンクするところの多いのは勿論なのだけど、

これはイニャリトゥ自身とリンクしているようにしか思えなかった。

 

***

 

最初は「…分からない」と思っていても、

回数をかさねると理解が深まったり面白く感じたり、

っていうのを今回も味わいましたが、

でも、距離感がやはり絶妙で、

観賞後感もそれに囚われさせないのもまたすごい。

それのせいで、私は混乱しっぱなしです。

その為に「面白いから何回も観たい」って訳じゃなく

その都度の観賞後感に何回も観たいと思ってしまうという

何だか不思議な体験をしているなと思います。

もう1回ぐらい鑑賞したいです。

 

おまけ的に、追加撮影がロドリゴ・プリエトだったのですが

何となくファーストショットなんじゃないかなーと思っている。

あの死が隣り合わせになっている感じが、

とても好きだと改めて思いました。

 

それにしても、これは書かずにいられないのですが、

1、2回目は同じ日に観たのですが、

あんまり楽しめなかったことについてはいくつか理由があります。

映画自体に対して構えていたこともあるのですが 

大きな理由としましてはネタバレです。

 

某お笑い芸人さんの「『バードマン』はラストが最高だ!」と

前評判を聞いていて、それも含めてとても楽しみにしていました。

そこに某女優さんが某番組で、この『バードマン』のラストショットに

誰が映っているかネタバレをしてしまいました。

映画館には通う方なので、否が応でも流れる予告編を観て、

大体ラストショットが何なのか予想がついてしまい、

そうじゃないといいなと思いながらも、結局予感が的中…

 

それがこの映画の本質ではないというのは

今だから分かったことですけど、

それでも、かーなーりー重要なシーンで、

このネタバレに私はかなりガッカリしました。

そして、そんなしょうもないことに

映画鑑賞を左右されてしまった自分も何か嫌。

 

私がネタバレされても気にしないタイプならいいのですが、

何せそのシーンを待ってしまうタイプなので、

鑑賞に支障がでてしまいました。てへぺろ

 

でも、本職ではないにしろネタバレには

映画が好きなら気を使って欲しいし、

とりあえず配給会社さんお願いですから

重要なカットを予告編にいれるのやめて下さい!!!

 本当に本当に本当によろしくお願いします。

 

 

今更読みます…

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

 

 

 今更観ます…